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もしプロという言葉があるとしたら、それは技術ではなく、自己犠牲を伴う努力なり。
研鑽を己の生き甲斐にできるかという、その一点にかかっているんじゃないですか。
五木 寛之
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おはようございます。
もっとも卓越した人々、「プロ」と呼ばれる人たちに共通していることは、自己研鑽という「努力」をやり続けていることです。
人生は生涯、学びです。
「卓越」とは、群を抜いて優れていること。
英語では「outstanding」と言います。
あることに群を抜いて優れている人は、それに対して誰よりも努力した証、ということです。
簡単に楽して手に入るものなどありません。
学ぶことは突き詰めていけば、無限にあります。
これでいいと考えて、追求をやめた瞬間から、退化が始まります。
学ぶこと、追求することを、嬉々として、果てしなくできることが才能であり、そういうものを追求していくことが、夢の実現、自己実現に繋がっていくということです。
どんなに素晴らしい才能を持っていても、それを毎日、磨いていくことに喜びと情熱を感じなければ、その才能が生かされることはないでしょう。
ダイヤモンドの原石をいくら持っていてもそれは何の価値にもなりません。
磨きをかけることに喜びを感じることが何にも勝る「真の才能」です。
才能を蓄えることより磨きをかけることに。
卓越する人とは、寝食を忘れて没頭することを、努力だとか、苦労だとか感じない人です。
彼らは「Good」という基準は求めません。
「Excellence」という基準も求めません。
常に求める基準は「Outstanding」です。
群を抜いて優れていることです。
何かのついでにとか、片手間にやっているような、追求の仕方では「卓越」することはありません。




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